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2009年      
一月 初春    
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       

2007年

  2008年  
十ニ月 還暦の祝い 十二月 40周年記念
十ー月 武蔵小杉界隈 十一月 家族旅行
十月 秋の気配 十月 世界同時恐慌か?
九月 夏休み研修生と一緒 九月 北京オリンピック
十ー月 武蔵小杉界隈 八月 息子の事
十月 秋の気配 七月 1年経ちました
九月 夏休み研修生と一緒 六月 本社仮移転
八月 経営指針書発表会 五月 本社仮移転
七月 JPCAショウ 四月 桜の花の咲く頃
六月 人間クラブミーティング 三月 いわき世界館ビル
五月 目に青葉山ホトトギス初鰹 二月 寒い朝
四月 インフルエンザA型 一月 60歳のお正月
三月 冬の盛岡    
二月 ベトナム紀行    
一月 謹賀新年    
       

2005年

  2006年  
十二月 もう師走になりました 十二月 年の瀬
十一月 台風の頃 十一月 秋を喰らおう
十月 涼しくなりました 十月 グループ研修
九月 夏の終わりに 九月 残暑
八月 本格的に夏 八月 経営指針書発表会
七月 梅雨あけましたか 七月 1年経ちました
六月 新緑から初夏の頃 六月 Jビレッジ狂騒曲
五月 連休の頃 五月 桜前線北上
    四月 春のおとずれ
三月 雑感 三月 寒さ和む
    二月 冬の到来
一月 年頭雑感 一月 新年あけましておめでとうございます
◆ 2005年12月  もう師走になりました
 福島県でも南側に位置していて、暖流が流れている太平洋側とはいえ、横浜に比べると確かに寒い。帰っても待つ人いず、暗い部屋に明かりを照らし。ファンヒーターのスイッチを付け、エアコンのスイッチも入れ、暫らくして暖かい風が出てきて、やっとほっとする。この頃になると、気持ちの中に隙間があいて、寒い風が通り抜けるようなちょっときつい感じがしてきた。笑うセールスマンが今にも売り込みに来そうです。寒いのでどうしてもアルコールを飲んでしまい、布団の中に潜り込み、いつの間にか寝てしまう。そんな毎日が続き、食べ過ぎには気を使って、体重計に朝晩乗って58kgをキープするよう量を加減しています。どうしても栄養のバランスが悪くなってしまのと、将来の健康を考えて健康補助食品を8種類ほど毎日飲んでいます。

 先月の26日と27日妻に、四倉の家へ来てもらいました。もちろん掃除してもらうためです。夏休みに来て以来なので3ヶ月ぶりになります。簡単な掃除はするが、物を移動しての清掃はやる気が起きず、そのままにしていました。綿埃がそれなりにたまってしまう物ですね。朝晩寒いので毛布を羽織ったり、ガウンを着たりするからなのでしょう。折角だからと、近くで気のきいた所を探したのですが、あいにく時間切れで四倉の家に泊まってもらいました。近くの蟹洗い温泉でゆったりスパを楽しんで、食事をして帰りました。翌日は、新聞で見た情報を頼りに、浪江の『十日市』に行ってきました。四倉からだと1時間位かかります。“明治6年この地方の産業振興と経済の発展のために設立され、当町の年中行事の中でも最大の行事として、農家の収穫の済んだ旧暦の10月10日を中心に行なわれましたが、その後その日取りを変え、毎年11月の下旬に3日間全町をあげて開催されます。歩行者天国となった新町通りには約300店舗の露天が軒を並べ、大道芸大会等も行なわれます”。行って見ると、昔の夜店を大きくした様な市でした。子供の頃の記憶をたどれば、ババナのたたき売りが印象に残っています。今はバナナが安くなっており、一房数百円で買えるようになってしまい、その醍醐味がなくなってしまっています。その代わりかチョコバナナの売店が結構出ていました。ババナのたたき売りのように大人も楽しめ子供も楽しめるような売店はほとんど見かけません。折角なので、シクラメンとボタンと柿の木を買いました。庭に植えようと思います。うまく咲きますか、『育てるのは簡単だよ』とその小父さんは言いましたが・・・・・。

 工業団地を有する広野町の町長選挙が27日に行なわれました。結果は現市長の敗北に終わりました。広野工場に赴任するときに市長に挨拶に行きましたし、近くの広野館(第三セクター)で昼食に行くとたまに会うので、顔なじみのよしみで気になっていました。残念ながらという結果になってしまいました。地元の従業員に聞くと現職の方が有利と言っていましたが。今度の町長にとっては、選挙公約に報酬の3割削減を掲げたのが大きく左右したようです。『町政刷新と言ってもそんなに変わらないのじゃないですか』とその従業員は言っていました。でも当社にとっても何らかの影響がありますので、年明けに年始の挨拶に行ってきます。
あれもしたかった、これもしたかった。とは言えもう1ヶ月もなく、新しい年が始まります。残った時間を有効に使い意義あるように、過ごして下さい。毎年お正月に『今年の我が家の目標設定』を家族皆で掲げています。ちなみにその結果は來春に検証してみます。
こちらの師走のたたずまいを見ておこうと思います。風邪にはかからない様に充分忙しくして下さい。今年はありがとうございました。来年もよい年に致しましょう。
感謝!!         合掌!!

◆ 2005年11月  台風の頃
 台風一過のような小泉旋風は次の後始末の幕に入っていきました。1内閣1閣僚と言っておりましたが、第3次の内閣改造がありました。昨年の今ごろは毎週のように台風が日本列島のどこかを通過して、一部は大きな被害をもたらせていました。今年は何とか被害が少ないまま、季節が移り変わろうとしています。その分米国では大きな被害に何回か見舞われているようです。

 4月に入社した娘(某関西系の旅行会社)は6ヶ月もの研修期間が終了して、やっと10月に配属が決まりました。嬉々として毎日新橋まで通っています。それに引換え10月に入った当社の二人の新人は、6ヶ月もの研修期間をやれず、1週間ほどで即戦力として作業の現場に配属先を決めました。大きな企業と小さな企業の人材に対する考え方の違いに驚かされますし、考えなければと反省も致しました。

 先日ある文章に出くわしました。先日の総選挙の結果分析なのですが,それによると小泉首相は『郵政民営化選挙だ』これに賛成か反対かを決める選挙と身振りも鮮やかに言い切りました。今度国民投票制度を提案するようですが、自民党と公明党に投票した合計3389万7275票より民主党、社民党、共産党、その他の新党及び、郵政民営化反対の無所属立候補者の合計3419万4372票が上回っていました。この事を報道したのは日刊ゲンダイだけだったそうです。今回国民投票で選挙を行なっていたら、もしかしたら結果は違っていたかもしれない。あの得意顔の小泉首相はどうなっていたか、それに小選挙区制で良いのか問題点も浮き彫りになった様に思いました。

 10月の14日と15日に川崎異業種研究会会員と新潟県の県外視察へ行ってきました。その頃はまだ暖かい日差しでした。東京駅から上越新幹線で越後湯沢着。会員企業の“山勝電子工業” そして“ニューロング精密工業”と“八海山酒造”訪問見学しました。その日の懇親会では、もちろん“八海山”を何本か空にし、いささか酩酊しました。その日は2次会には参加せず早めに休みました。 極楽 極楽

 10月の22日から福島県産業振興センターを利用して、従業員を指導して貰うコンサルティング派遣事業を受けております。今月は8日と19日、3月までに合計10回のコンサルティングを受ける事になります。メンバーは鈴木課長、品管の山尾、第1の早川と品質技術の高橋そして私も研修を受けることにしました。先生曰く、従業員の方が上のレベルになると困るでしょう。これを機に改革の前進を計ろうと大いに期待しております。

◆ 2005年10月  涼しくなりました
 圧倒的な勝利に唖然としてしまい、少々しらけ気味です。これだけ支持を得たのなら自分で思っている事の多くができるのではないでしょうか。議員年金を廃止するようですが。思い切って国会議員の定数を半分ぐらいにしたら、もっと多くの国民の指示が得られるはずです。ついでに公務員の給料と、人員も税収に合わせて削減しなければやって行けなくなるだろうし。本当に重要な事は、財政再建と年金の問題なはずです、それに目をそらせて郵政の改革が最重要事項となってしまいました。今後4年間(小泉首相の任期は残り1年)を見守っていきたいと思います。

  太陽の昇る少し前、今だと5時10分頃(10月の初め)に表へ出て両手振り体操300回、両手回し体操前回し30回、後ろ回し50回。その他腰ひねり体操を30回を10分程度かけてしています。腰痛気味なので、本に書いてあったやり方を真似て、腰に気を入れています。そんなことを日課としていますが、四倉の方では寒くなる少し前くらいの涼しさです。明るくなるのは横浜に比べ15分くらい早い様です。

 14年前の竣工時から使っていたエアコンが壊れてしまいました。エッチング機を使用する場所なので最も早くだめになってしまった。まだまだ暑く8月の終わりだったので,早急に依頼したエアコンが取り行くまでには2週間ほどかかってしまい、その頃には涼しくなっていました。とは云っても、まだまだ暑い日はあったし、秋に向かっては暖房も必要になります。

 季節の変わり目はお体をご自愛下さい。
◆ 2005年9月  夏の終わりに
 残暑厳しい折、いかがお過ごしでしょうか。今はなんと言っても選挙に最大の関心が高まっているところでしょうか。小泉劇場なんていわれているように、側から見ているだけではとても興味が湧いてきます。主演 小泉純一郎、岡田克也脇を固める助演陣は悪役に亀井静香、綿貫民輔、荒井広幸、女優陣には小池百合子、片山さつき、田中真紀子、野田聖子、特別出演 神崎武法、堀江貴文、脚本は勿論小泉純一郎、現実が思惑どおりになるのか監督の腕にかかってきます。どうなるか興味深いところです。

  あるウエブサイトを転載いたします。こんな意見もありますので興味があればお読みください。

  郵政民営化、郵便局改革はおそかれ早かれやらねばならない。
(1) 350兆円のお金(郵貯230兆円と簡易保険120兆円)
(2) 郵政職員27万人(国家公務員の1/3)
(3) 全国の郵便局 24,700、そのうち19,000は特定郵便局
(4) ポイントは、株式会社になることによって、アメリカ資本に株式を支配される可能性の大きいこと。
(月刊Funai-Media ’05年9月号 副島隆彦さんの文より以下に抜粋) 

 全国のどんな小さな町や村にもあるこの特定郵便局や簡易郵便局が、これまでどれほど日本国民とりわけ地方の老人たちの金銭管理に役立ってきて、ものすごく便利であったかもよく知られている。 

  この庶民向けの国立銀行として立派に機能してきたことも忘れてはならない。郵便局は日本人の基本財産であり、重要な生活インフラなのである。それこそ全国津々浦々どんな田舎の村にでもある小さな郵便局が、たいへん効率良く日本国民の金融資産を上手に保全してきたのも事実なのである。そして、ここで集められた巨額のお金が、官僚主導で活用されて国土の建設に役にたってきた。 

  郵便貯金と簡保の資金350兆円は、ほかの公的な年金資金の積立残高の200兆円と合わさって、「第二の国家予算」と呼ばれる財政投融資資金になってきた。表面の国家予算である年間約84兆円の資金以外の、公的な資金として潤沢に国家財政資金として使われてきた。 

  国家予算とも違う、この「国家の裏金」ともいうべき財政投融資資金が、今度の郵政民営化で白日の下に晒されることになった。 

  これらの膨大な資金は、竹中平蔵大臣(郵政民営化担当)が議会の答弁で毎回、強調しているところでは、「郵便貯金銀行と、郵便保険会社(旧・簡易保険)の株式は、民営化された後は100%ふつうの株式会社だから、その株式は自由に誰でも買えるようになる」そうである。 

  だからこの「日本国民の最後の虎の子」の350兆円は、公開された株式を外国資本に徐々に買われて、そしてそれらが少しずつ外国に持ち出されてさらに再利用される、ということになるのである。 

 そうやって、この日本国民の最後の虎の子資金は、10年のうちにどんどん国外に流出するだろう。 

 だから、民営化されて日本郵政株式会社という持ち株会社が上場したあと、その子会社である郵貯銀行と保険会社の株式をニュークヨークのハゲタカ外資が自由に乗っ取れるのか、それとも外国資本が多くは買えないような「歯止め」を法律でかけるのかどうかに目下の重大な問題が横たわっている。

外資への規則議論をしなかった小泉政権が残す問題
 アメリカの郵便事業は、なんといまでも国営事業である。郵便配達を中心にして国家の国民に対する基本的な活動だと位置づけられている。郵便事業は、国民の通信活動であるから、国防にもかかわる基本的な事業であるとして、民間資本による株式の多数支配は許されないように法的な規制がかかっている。 

 ところが日本の今回の郵政民営化では、このまま放置すると郵貯銀行の株式が20%も30%も外資に乗っ取られていく可能性が非常に高いのである。これに規制をかけるという議論を小泉政権が、故意に意図的に、一切しようとしなかったことが、いまになって一番の問題になったのである。 

 だから、郵政民営化に強硬に反対して国会を解散に追い込んだ自民党の反対派の政治家たちを、一概に、郵政族だとか、特定郵便局長たちの太鼓持ち集団だとか決めつけることはできない。 

 日本国民の最後の虎の子をニューヨークの金融ユダヤ人たちに奪われたら、本当に、日本国にはもう大きな金融資産は何も残らないのである。公開された郵政株式会社の株式を合法的に乗っ取られて、その最大の大株主がニューヨークの大銀行とか投資会社、例えばゴールドマン・サックスやシティグループということになれば、日本は今後、アメリカの政治的な属国であるどころか、アメリカに金融を直轄支配される国ということになる。 

 私たち日本国民はこの恐怖を自覚しなければならない時期に来たのである。 

 郵政民営化だけで今後の4年間を任せて良いのか。しかし、小泉首相で感心できる所は決断し、誰が言おうと何があろうと、実行する行動力です。これだけは見習いたいものです。

 9.11は選挙速報にくぎづけで寝不足になるでしょう。
◆ 2005年8月  本格的に夏
 福島県の太平洋岸は昼間の暑さはともかく、夜半の過ごし易いのには驚きました。窓を開けて寝ていたら寒くて毛布がほしいくらいです。風の通りも良いし仕事で帰ってきてからは、エアコンは必要ありません。広野工場に来てから1月以上が過ぎました。7月16日の経営指針書発表会が終わるまでは休みもなく。あれこれ考えました。出来上がっても直したいくらいでした。

 30日から4間日は夏季休暇になります。今年は自宅へ帰らずに愛妻をこちらに呼んで二人で夏休みを大いに楽しもう。アクアマリン福島や小名浜の海岸に海水浴と言うより水着見物にでも行ってこよう。

 アクアマリン福島は思ったよりは規模が小さくこじんまりとしていました。たまたま裏側を案内するツアーがあり、それに参加でき思わぬ収穫がありました。普通に見る水族館の2倍くらいが予備として必要なスペースになっておりました。若いアベックの中で1組だけ親子ほど年齢の離れた二人連れは、違和感を感じつつ30分ほどのツアーは終わりました。直ぐ近くのミュララポートへ寄ったが何も買わずにそのまま帰りました。後で社員に聞いたら地元の人はそこで買い物しないそうだ。観光客用の値段になっていて近所の魚屋で買いますとの事。
四倉に間借りして毎日海岸沿いを走っていたが、初めて四倉の海水浴場へ行ってきました。時間も早く朝の8時半につき、おまけに月曜日なので人はまばらにいるだけでした。監視員が後から到着するくらいです。海の水が冷たく霧になりやすいようで、視界が悪く沖に出ないようなアナウンスが度々ありました。

 本社から5人、広野工場から14人がつくばのセミナーハウスに集まりました。38期の経営指針書発表会は合同で研修も含め1泊としました。午前中に経営指針書の発表会。20年の永年勤続者が1名今回ありました。午後から NPO経営支援21安藤先生の研修と小川会計藤田部長の研修が午後6時まで続きました。1時間の休憩を挟み懇親会に移りました。広野工場では全員が車の通勤なので、一緒に飲んで話し合う機会は都会の電車通勤に比べ極端に少なくなっています。1泊の意味は研修後の皆様が普段気持ちが通わない所を、アルコール等でスムースに気持ちが通い合うようになれば良いと思っています。そこで総額2万円の大型商品?を用意して早川君の司会で大いに盛り上がりました。来期は広野工場創設15周年記念でもう少し大掛かりにやりたいと宣言しました。



38期経営指針発表会

四倉海岸

◆ 2005年7月  梅雨あけましたか
 いよいよその日が来ました。6月17日より広野工場へ赴任しました。2、3日前から慌しく、後で足らない物が多々ありました。特別急ぐ事はないのですが、ないと不便な物が結構あることに気づきました。

 今回の転勤は一大決心でした。会社の代表者が本社を差し置いて、工場に転勤するなんて事が有るのだろうか。決心するまでは自問自答を繰り返しました。現状ではいけない。自分がやらなければ。自分の思いが伝えられない。変えられない。今しかないという思いが次の詩に表されております。

 『わが胸の燃える思いに比ぶれば煙は薄し桜島山』
 年齢的にも私的な生活面でも後押しされているように感じました。長女の就職、長男の就職活動(今現在決まっておりませんが来年就職予定)、次男は大学2年生ですが、本人なりの生活をしております。子供達は既に親の手を離れていて自分だけが、離れるのはまずいと思っていただけなのかもしれません。この話は正月開けの家族会議で説明をしました。

 後は会社の組織をどうするか、今年になってそれを重点的に考えました。
それが、広野工場改革計画であり、業務の製造指示書手配から商品の出荷までを広野工場で一貫作業としてやるということです。当然設備もしなければならないし、設備資金も用意しなければならないし。資金繰りも計画しないとならない、考える事、やらねばならないことが多くありました。転勤までに腰も直したいと、佐藤治療院と青葉台近くの蛸壺治療とマッサージにも通いました。

 29日にNCの外形加工機が搬入されます、一連の設備関連はこれで終わります。これらと人を使って大いに活躍出来る環境を整えなければなりません。色々な思いが駆け巡って多少混乱気味ですが整理して38期改革計画に全力を傾注いたします。ご期待ください。

◆ 2005年6月  新緑から初夏の頃
 5月の23日から25日まで『道南・つがる自然めぐりの旅3日間』北海道から青森県を回ってきました。当社のメーンバンクは旧東調布信用金庫で2年程前に芝信用金庫と合併いたしました。対等合併とは云いながら資本の論理で大きい方に飲み込まれて、名前が跡形も無くなってしまいました。とはいっても支店ごとの対応ですので職員は殆ど旧東調布信金の従業員です。前置きが長くなりましたが信友会(顧客との親睦団体)の年1回の研修旅行だった訳です。羽田空港から千歳空港までは飛行機で生憎の小雨模様で思った以上に寒く薄いコートが欲しいくらいでした。昭和新山を車窓から眺めて、洞爺湖西山火口を見学して、昼食は長万部迄おわずけ。午後2時近くになっていた。いくらとうにとかにの海鮮丼、別に蟹が合ったっけ。空腹はご馳走、美味しかった。大沼公園へ寄って鹿部ロイヤルホテル泊。ここはゴルフ場のコースがあり広々として落ち着いて眺めになっており、オホーツク海も一望できました。露天風呂に入ってゆっくりゆったり出来ました。感謝!

 遅い桜、八重桜が所々残っていて、チュリップやらスイセンなども所々咲いていました。北海道では春に一斉に色んな花が咲くと聞いていました。これがそうなのか分かりませんがタンポポなどもありました。

 次の日は函館のトラピスチヌ修道院、朝市で買い物。青函トンネルを初めて電車で青森まで乗った。特急の割に時間がかかった様に思った。トンネルの中に停車駅があり、降りる事ができるようになっていた。降りたら何となく不安だろうなあ。ホタテづくしの昼食。三内丸山遺跡見学、ねぶたの里見学。鰺ヶ沢グランメール山海荘泊。日本海に面して夕日の眺めが絶景のアングルになっていた。その頃は曇りから薄日が視しており、雲の間をぬって夕日が見えたりした。露天風呂に移動してしっかり見ました。3日目は世界自然遺産の白神山地まで行かずに、ミニ白神なる訳の解らない森に案内されてブナの原生林を20分ほど散歩、その後ビシターセンターで30分の記録映画を見る事になった。それで行った気分にさせられましたが、映画そのものは迫力ある大画面で見栄えがしましたしとてもよかった。空撮場面が多く、鳥になった気分で眺めていました。というような訳で大いにリフレッシュさせてもらいました。岩木山の眺めがよく、『津軽富士』と呼ばれ青森の人たちに愛される気持ちが解ります。

 6月の1日〜3日までは当業界のお祭りにあたるJPCAショウが開催されました。当社も小さなブースを出しており、お寄りいただいた方には御礼申し上げます。私は1日の初日に午後から行っておりました。3日程前から左ひざの内側に痛みを感じていて、当日行くのを中止しようか迷っていました。朝行きつけの整形外科へ寄って診てもらい。相談したら、行かない方が良いといわれたけれど、痛み止めの薬を飲み、電車で行くつもりを車にして行ってしまいました。その上夕方6時からのJPCAのレセプションにも出席してきました。ローストビーフが美味しかった。

 今回はブースにお寄り頂いた方が多く、営業からの案内を改めて出したいと思います。来年の課題も見つかりました。

◆ 2005年5月  連休の頃
 あれだけ猛威を振るった花粉の季節もどうやら終わりになった様で、鼻のまわりは調子が良くなってきました。街中や電車の中でマスクをかけている人たちも、殆ど見られなくなってきました。

 5月の連休は如何過ごされましたか。子供が小さかった頃は連休が来るのが、とても楽しみだったなあ。娘は既に社会人一年生で、秋になる頃まで研修が続くので、遊びに付き合ってはくれないし。息子二人は親と出かける事自体、考えの中に入っていないようだし。やはり今年もかみさんと二人で出かける事になりました。2日と6日を休めば10連休の大型になっているところもあるようです。当社は大分以前から休日の設定はカレンダーどうりにしており、余計な気は使わない事にしております。

 4月の29日から恒例の黒磯市に行ってきました。ご多分に漏れず、ここも“那須町”“塩原町”、と合併して“那須塩原市”なったそうです。神奈川ではそのような話は聞かないので、余りぴんとこなかったのですが、確実に国の施策が実行されています。黒磯市が人口比で最も多いのに、何で名前が残っていないのか。地元の不動産やに聞く機会があったので尋ねました。新幹線の駅名が“那須塩原” なので、最も分かり易いと、決まったそうです。名前を巡って破談になったケースも聞いていましたが、地方にとっての新幹線の位置づけは、とても大きい事が理解できました。

 確か昨年は雨にたたられて寒かったように記憶していますが、今年は天気に恵まれて人出もも多かったようです。あちこちにタンポポが咲き乱れていて、雑草の逞しさを感じました。

 2日は広野工場に日帰りで出かけてきました。四月の後半に縦30m横15mの範囲にアスファルトを敷き、およそ20台分の駐車場を作りました。これから人数も増えていきますし、来客用の駐車スペースも確保する必要がありました。敷地の管理も少しは楽になり、見栄えは格段に良くなったと、ある顧客様から誉められました。

 裏の方に8坪の倉庫を設置いたしました。今まで倉庫としていたスペースを品質保証関連の作業をする場所を確保する為の玉突きです。倉庫は製版などを置く場所になります。

 5月中に従業員全員の面談をする事にしております。装置の移動も検討しているので、5月は何回か広野工場に行くことになります。

◆ 2005年3月  雑感
 一日一日と暖かくなってきました。今年の桜は花祭り(お釈迦様の誕生日)の頃が満開になりそうですね。小さい頃杉並区の下高井戸駅前でお釈迦様の銅像に柄杓で甘茶をかけ、持ち込んだ入れ物に甘茶を入れて帰った事。ちょっと甘いお茶の香りが美味しいわけではなかったが、懐かしく思い出されます。今でもそんな習慣があるのだろうか。当社の広野工場の近くに富岡町という処があり、夜ノ森公園の付近は数千本の桜が咲き乱れ満開の折は、それはそれは壮観です。桜吹雪の中を歩いてみるなんて事を一度体験してみてください。

 四月といえば、新入生・新社会人が社会に巣立つことになります。私事になりますが、長女が関西に本拠がある某旅行会社に就職が決まり、2週間ほどの研修に行くことになっております。関西での入社式後富士山の近くの研修所での訓練を見込んで、時折近くの鶴見川土手を走っております。運動が苦手で体力がないのが心配です。当社では残念ながら定期的に新入社員を採用するまでには至っておりません。以前高校生を定期的に採用した事がありますが、受入態勢が整わずいろんな問題が出て止めました。現在は必要に応じて中途採用をしております。今後の課題です。

 少し早いが来期の改革案の骨子を決め、四月中に従業員全体に説明をして、その後各従業員と胸襟を開いて話をする事にします。年が明けてから準備をしましたので充分に考える時間がありました。でも従業員との話の中で修正する事もあるかもしれません、そこらへんは柔軟に対応しようと思っています。この改革案は充分に検討したもので、来期の計画に落とし込んで行きます。ご期待ください。

  

◆ 2005年1月  年頭雑感
新年明けましておめでとうございます。

  昨年はアネテオリンピックで盛り上がり『チョーきもちがいい』が流行語大賞に選ばれたりもしました。二人のアイちゃんの活躍も先月まで話題になっておりました。

 真夏時日数が新記録を更新し猛暑の夏を堪能し、台風の到来回数も新記録とそれによる冠水土砂崩れなどの被害そしてまだ記憶に新しい新潟中越地震と確実に日本も住み難くなってきました。と言うより住み難く私たちがしているのかもしれません。

 昨年の秋は出かける事が多く近くの隣国今まさにブームの韓国と台湾へ行く機会に恵まれました。マスコミ等の報道と違った生の感触を味わってきました。それぞれが猛烈な勢いで日本を追っかけている感じがしました。同じ事をやっていれば飲み込まれてしまい。私たちが何をすれば良いのか、なにをしなければならないのかが問われている様に思われます。イラクへの介入による原油の影響がもろに出て何年かぶりに材料等に値上げがありました。今年はそれらも含めて、昨年後半から引き続き厳しい状況が回復せず益々景気が落ち込むようです。

 小泉首相がアメリカ政府の顔色見ながら政治を行おうと、官僚が年金による不始末をして破綻寸前になろうとも新しい年を迎えました。私たちは自分たちでそれこそ自己責任で生きていかなければなりません。世の中で起きることに否定しないで前向きに取り組んで行きましょう。

 それでも私たちは中小企業創造活動促進法と中小企業経営革新法を申請して取得するが出来ました。そして懸案であったセーフティネットの借換えに奔走し、めでたく希望が叶いました。これからは来るべきデジタルIT家電時代の一翼を担えるよう準備に入る事が出来ます。

 年が明けるのが待ちどうしいかった事は何年ぶりなんだろうと思わずにはいられませ。
皆様にとって2005年が実り多き年になります様に、そして当社との協力関係で、ますます発展できますことを祈念いたします。

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