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2009年      
一月 初春    
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       
       

2007年

  2008年  
十ニ月 還暦の祝い 十二月 40周年記念
十ー月 武蔵小杉界隈 十一月 家族旅行
十月 秋の気配 十月 世界同時恐慌か?
九月 夏休み研修生と一緒 九月 北京オリンピック
十ー月 武蔵小杉界隈 八月 息子の事
十月 秋の気配 七月 1年経ちました
九月 夏休み研修生と一緒 六月 本社仮移転
八月 経営指針書発表会 五月 本社仮移転
七月 JPCAショウ 四月 桜の花の咲く頃
六月 人間クラブミーティング 三月 いわき世界館ビル
五月 目に青葉山ホトトギス初鰹 二月 寒い朝
四月 インフルエンザA型 一月 60歳のお正月
三月 冬の盛岡    
二月 ベトナム紀行    
一月 謹賀新年    
       

2005年

  2006年  
十二月 もう師走になりました 十二月 年の瀬
十一月 台風の頃 十一月 秋を喰らおう
十月 涼しくなりました 十月 グループ研修
九月 夏の終わりに 九月 残暑
八月 本格的に夏 八月 経営指針書発表会
七月 梅雨あけましたか 七月 1年経ちました
六月 新緑から初夏の頃 六月 Jビレッジ狂騒曲
五月 連休の頃 五月 桜前線北上
    四月 春のおとずれ
三月 雑感 三月 寒さ和む
    二月 冬の到来
一月 年頭雑感 一月 新年あけましておめでとうございます
◆ 2007年 12月  還暦の祝い

  晴れの特異日11月3日は私の誕生日です。勤め人でしたら定年で退職することになったのでしょうが、父の後を継いでから既に14年が過ぎました。『今年60歳のおじいさん』歌にあるように50年前ならそういう歳です。子供たちが還暦の祝いをしてくれました。青葉台にある、聘珍樓 をリクエストしました。まだ行った事がなかったし、一度行って見たかった。ただ行くのには敷居が高そうだったし、そんな思いで機会を喪失していました。普段、家族で食事に行くときは子供たちの要望で、大衆向けの寿司屋や居酒屋へ行く事が多かったので、ちゃんとした中華料理は何かの会合後の懇親会などでしか、食べる機会はないに等しいのです。一緒に揃って夕食を取る事自体も、珍しい部類に入ってきています。その日は長女に仕切ってもらい、大分前から空けるようにしてもらいました。思い起こせば自分の両親の時は、そんなお祝い事はした記憶がなかった。長い間父親とは良い関係ではなかったし、精神的に幼かったのです。今ならそう断言できます。良い意味で歳を取ったのです。年金を貰うにはまだ早いので、これから次の世代を考えて仕事に励んでいきます。

 ダイナトロン・ユーザーセミナーに行ってきました。この会社からはCAMのソフトを何本か使っていますので、毎年招待状が届きます。今年は品質技術の猪狩君と広野工場から行って来ました。ここに行けば業会の関係者に会えて、情報交換が出来る。それが行く目的になっています。講演会も名の通った人が講演し勉強になります。今回の講演者は “櫻井よしこ”数年前にも講演を聞きました。その時は小泉さんが首相になったばかりで首相を応援するような内容だったと思いますが、今回は後半の1時間程しか聞けなかったのでした。内容は中国を非難する様な内要に重点を置いた話になっていました。その後テクニカルセミナー、ユーザー事例紹介、製品紹介と夕方5時半過ぎまで続きました。懇親会の後、銀座から新橋に出て帰りました。歩きながら周りを見てみると、銀座の表通りはあちこち、有名ブランドショップに占領されていました。

 広野の西の沢ため池に白鳥が戻って来ていました。テレビのニュースで福島県内の越冬地に来ていることは知っていましたが、昨年に懲りずに15羽ほどが羽を休めていました。

 日本電子回路工業会から法人創立30周年記念誌が届きました。式典は5月の総会で一緒に挙行されましたので、大分時間が過ぎています。その記念誌の中で『電子回路業界におけるサスティナビリティー(持続可能性)とは』副題として〜永続的な業界発展に向けたメッセージ〜と題した座談会が載っていました。われわれ電子回路業界が如何にあるべきか、10年後も電子回路業界は存続しているのかのテーマで話し合われていました。環境変化を捉えた産業としての課題(I)、そのことに対する解決方法(S)、その具体化戦略(O)を課題として解決して行かなければならない。全体を総括すると『夢を持ち続けることが、ユーザーの夢を実現すること。』と結論を出しています。最近この手の話しを聞いたり、読んだりしますと、解りにくい横文字が頻繁に出てきて、読む気を削ぎます。グローバルスタンダードなのでしょうが、理解できる人ばかりではないので、解り易くして欲しいものです。前後の脈絡が繋がりにくくなります。

 残りも僅かになって来ました。今年も良い年が迎えられますように!!

合 掌

◆ 2007年 11月  武蔵小杉界隈

  日々寒くなってきました。これでしばらくは温暖化の話題も落ち着くのでしょう。あちこちから冬の訪れの話題も届いてきています。今年は西の溜池に白鳥が飛来するのでしょうか。昨年は溜池の水を抜いて工事をしましたので、どこかの水辺に行ってしまったのでしょうか、見かけませんでした。

 40期第1回目の経営計画達成会議を広野工場で行いました。本社から柳澤部長にも来てもらい。午後から午後3時過ぎまで達成状況の報告と質疑応答をしました。各自の報告は今1つ斬新なアイデアで出てきません。もう少し質疑を盛り上がるように勉強をお願いしたいし、その為の機会も作らなければならないと、改めて思いました。職業能力開発計画の年明け早々の取得を、実行に移す為考えをまとめるようにします。

 2000年になる時に大騒ぎして生産管理の専用ソフトを作成してからもう8年を過ぎようとしています。大騒ぎのわりに問題があったと言う話は聞かなかったので、対応が良かったのか、それとも想定された問題自身が無かったのかが今一不明です。それでも何事も無く続けられている事には感謝いたしましょう。何年も使っているとどうにも使い勝手が悪いものが解ります、今回当初ソフトウエアー作成会社にて改善を致す事になりました。予算はハードを含めて500万円。殆どがソフトウエアーに消えますが、希望の3分の1程しか改善できません。もっと簡単に社内で修正が出来ればと痛切に思います。ちょっとした事を直したいことが時々出てきます。

 武蔵小杉に来てから40年が過ぎています。それまで居た大田区の安方町からは、追い出されるようにやって来ました。そしていよいよ始まりました。本社前の道路、国道409号線拡幅工事の交渉が始まりました。10月18日に入札で決まった業者と川崎市の用地課の担当者が来て、敷地建物の査定と会社関係の提出用資料の説明を受けました。この話は3年ほど前に該当する地権者を集めて説明会をしていましたので承知しておりました。回りではかなり拡幅が進んでおりますので、川崎市の担当者に早めに交渉を開始する様に依頼しておりました。年初では今期は予定が無いと言っていたのですが。今後の事も同時に考えていかなければなりません。このいく先は近くで見ていたいと思います。

 ご存知の方も居られると思いますが、武蔵小杉はただ今進化中です。47階位の高層の建物が5棟、中くらいが数棟建築中です。それに東海道線が新駅を作りいまにの駅と高架で繋ぐことになっています。数万人の人口が増える見込みです。早急にインフラの整備をしないといけないのだろうなと思われます。

 11月3日に還暦を迎えます。そんな年齢になりました。まだまだ現役で勤めます。これがオーナー経営者の良いところです。

◆ 2007年 10月  秋の気配

  残暑が厳しかったのですが、何とか過ごしやすくなってきました。『暑さ寒さも彼岸まで』確かにその様になりました。3日づつの連休が9月に2回もありそこの連休の谷間は本社におりました。9月13日はJPCAの研究会・懇親会に行ってきました。『進化する知能ロボットと電子回路の関わり』大阪大学教授の浅田稔先生の講演でした。以前この研究会で大前研一の『中華連邦』と言うような講演を聴きに来たことがありました。多分それ以来になります。講演後に1つの宴会場で150人ほどが会するのは壮観でした。熱海の芸者さんも15人ほど来ていました。約10人に1人多いような少ないような。

 行くときも帰りも新幹線を利用しないで在来線で往復しました。時間は30分から1時間くらい多くかかりますが、値段は半分以下の1,450円でした。新幹線を利用すると3,460円になり、倍以上かかります。

 そういえば9月の3日に新宿から深夜バスに乗って大阪まで行ってきました。22時50分発で大阪には翌日の7時頃着きました。お世辞にも快適とはいえませんが、値段は3分の1でした。バスは満席で42人乗っていました。若い人ならなんてことはないでしょう、きつかった。時間の節約出来る場合以外は、お勧めできません。帰りは新幹線で帰ってきました。やはり快適な時間でしたが、空いている席が目立ちました。値段は尼崎から東京都区内で14,100円でした。

 帰りの在来線は熱海から乗ったので空いていて座れました。藤沢あたりから込みだしてきて、途中から乗った若い女性が目の前でなんと化粧道具を開けて化粧を始めました。それもたったまま。手鏡を見ながら自分の女を上げるために、一生懸命に何かを塗り始めました。目の上、特等席で思わずしっかりと見物してしまいました。電車の中は化粧の時間なのでしょう。座れなくてもそこでは化粧するという、時間管理なのでしょうか。改めて良く見てしまいました。多少は違って見えました。やっただけのことはありました。『仕事がんばってください』と心の中で言って横浜で降りました。深夜のテレビ番組でお笑いの人が、電車の中で化粧する人はそれなりの顔だ。何故ならば揺れている電車の中だとはみ出たり、ずれたりする筈だがら、と言っていました。

 先日NHKのテレビを見ていたらABUロボコン2007ハノイをタイミングよく映していました。ベトナムでのロボコン熱は高く、優勝すると海外へ留学できる制度になっています。2002年の第1回から昨年まで5回の内なんと3回も優勝しています。2007年度は18チームが出場して中国が優勝しました。詳しくはこちらから。

◆ 2007年 9月  夏休み研修生と一緒

  梅雨明けと同時に猛暑の日々、冷夏だと言ったのは誰ですか。『責任とって下さい』といっても始まりません。暑い夏を楽しみましょう。それにしても暑い、確かに温暖化しています。7月後半の夏休みは家族がばらばらで何とはなしに終わってしまった。お盆の夏休みは研修生を横浜の自宅に連れて帰った。5日間もアパートいるのじゃ堪らないだろうと、12日に常磐道を帰省客とは逆方向に気分よく走った。ハーさんが乗り物に弱く、気持ちが悪くなり、戻してしまった。キーさんはそんな事はなく、平気でいた。聞いてみるとベトナムでオートバイに乗っていたので、くるまの振動にも慣れているのだろう。そういえば、最近の子供は、産まれてからずうっとくるまに乗るのがふつうだから、乗り物に酔うことが殆どないのだろう。生まれてからどれだけ乗り物に乗って振動を蓄積したかで、乗り物酔いが決まるのでしょうか。2人を比べるとそんな思いがします。インターネットで探して『みなとぶらりチケットワイド』を買った。地下鉄の新横浜から始まり地下鉄と市営バスが1日乗り放題で550円。桜木町から『あかいくつ号』レトロ調の周遊バスに乗った。このバスは1時間に1回の割りで、ボランティアガイドが乗って、観光ガイドをしてくれる。2度、生のガイドに当たった。ここから港の見える丘公園まで観光地を巡って回る。1回乗るのはいまどき100円。お盆の休み中なので結構込んでいて、最初に赤レンガ倉庫で降りたが、ここは小物雑貨などを中心にしたいわゆるファンシーショップになっている。まるっきり買う気にならないおじさんですが、思っていたより客は入っていました。次のバスまで、冷房の効いた部屋からガラス越しにバスが来るのを待ちました。次にきたバスで中華街へ行きました。ぐったりとばてましたという様な、観光客が行きかっています。こちらも時々お店に入って、涼まらないと同じ顔になってしまいます。ちょうどいい時間なので昼食に、炒飯のランチを4人同じものを食べました。内は涼しい。バスに乗って終点の港の見える丘公園へ行きました。ここまではなかなか来ません。20年ほど来ていないかなあ。昔見た風景より見栄えが悪くなった気がします。港までの地べたにごった返したように、建造物が所狭しと重なり合って、ベイブリッジとの相性が悪く見えました。早々と退散して山下公園まで歩きました。こんな近道があったんだ。500Mと書いてありました。日陰がないと暑い、『適時水分補給をしなくちゃ』

 。と飲み物を買う。
ランドマークは何回も通りましたがエレベーターに乗って69階まで行ったのは今回が初めてです。仕事の途中であまりにも天気が良くても、独りじゃ行く気も起こらない。横浜見物なら格好の思い出になりそう。5分ほど待って高速のエレベーターに乗った。飛行機の離陸のように耳が痛い。敏感なハーさんは耳を押さえていた。私はもう慣れて大丈夫だった、『わおー眺めがいい』、『天気がいい』展望台を左回りに見ていったが、富士山は雲に隠れて見えなかった。残念!

 8月25日小名浜の薄磯海岸へ日の出を撮りに行ってきました。ここはいわきで最も有名な海水浴場でシーズンが始まると必ずここでの海開きの様子がテレビで映されます。今はシーズンが終わって、海の家も既に無くなっていました。辛うじて土台だけが残されていました。いわきのギャルの水着姿が見たかった。残念!

◆ 2007年 8月  経営指針書発表会

  広野工場での3回目の夏を迎えます。今現在梅雨が明けていないので、夏の感覚がまだからだに起きてきていいません。7月の14日は恒例の経営指針書発表会を『デュープレックスセミナーホテル』で開催致しました。今年も雨で残念ながら、屋外でのバーベキューパーティは中止になりました。前回40周年の記念になると書きましたが創立が1968年の12月でした。よって40周年は2008年、来年の12月になります。これは決算期を変更して3ヶ月だけの決算をしたためだと思われます。1年延びて計画が益々立てやすくなりました。と言っても近くならないと気も乗らないのですが。

 いよいよベトナムからの研修生が赴任いたします。その前に研修生の勉強を見に来て欲しい、との富士経営交流協同組合の矢野嬢からの依頼に答えて、19日に様子を見てきました。研修中の8名の中で女性は我社の2名だけでした。若年の肉体労働的作業従事者を欲する事業主が多いのかなと思いました。やり取りを聞いている限り、まだまだコミュニケーションが出来るのは、後3ヶ月以上かかりそうです。後は毎日接する当社の従業員がその気になるかによると思われます。期待しましょう。

 犬吠崎へ行ってきました銚子の先です。利根川が太平洋に注ぐ出口になっていて、まるでおちょうし(お酒を飲む銚子)のようだと名づけられたと、ガイドさんが言っていました。東京駅から特急しおかぜで、途中成東から各駅になり高校生が大勢乗ってきました。どうやら期末の試験中らしく停車する度に乗ってきました。銚子から第3セクターの電車、銚子電気鉄道の1両電車で、犬吠駅まで昔の都電のようなゆっくり走る電車でした。以前は地下鉄の車両のようでした。周りに紫陽花がさき乱れている所を通り、箱根のケーブルカーを思い出しました。灯台からは曇っていて回りは良く見えませんでしたので、中は入りませんでした。最近テレビ番組に旅館での料理がおいしい何て言わせていますが。今思い出しても印象が薄く、増して美味しいとも思いません、かといってまずい訳でもありません。感度が悪くなったのか食べられれば良い、あまりこだわりがなくなった様に思います。いいのか悪いのか。

 話は少し違いますがこちらに居るとテレビを見る事が少なくて、それも民放はあまり見なくなりました。殆どNHKを見ます。この間チャンネルを変えるやつ(リモコン)が効かなくなって(もちろん電池は換えました)チャンネルを変えるにはテレビの前に行かなければならないので益々面倒になり、コマーシャルのないのでどうしてもNHKを見る機会が多くなります。特に朝は全部のチャンネルでニュースしか放映していませんが。朝の早い私はその中でも『おはよう日本』5時からを愉しみにしております。女子アナの小郷知子アナを見るのが密かな愉しみにしております。たまに早おきする機会があれば見てみてください。とても魅力的で大変気に入っております。6時半までです。

 今回は日の出が発表できなかとおもっていたら、24日朝早く外に出たら満天の星、これは日の出を撮りに行かなければ、4時前に車で浜街近くまで行きました。雲もなく、くっきりと撮れていませんか。31分の1のすべり込みセーフでした。

 おまけに参議院選挙の感想、自民党の歴史的大敗だそうです。負けるのは周知の事のように報道されていましたが、ここまで負けるなんて。私は大変に良かったと思っています。今後安倍総理大臣がこのまま政権を続けられるのか・・・・・。某大臣がここで辞めたら今までと同じになる、古い自民党に戻ってします。といっていましたが、結果責任を取るのに古いも改革ないと思うのですが・・・・・。特に印象深かったのは国民新党の亀井久興の娘亜紀子の当選でした。親父さんのにこっと笑った顔が今回の選挙結果を物語っているようです。

◆ 2007年 7月  J P C A ショウ

  今年のJPCAショーは盛況で前年に比べ1割ほど多くの人達が来場しました。何でこんなに多いのかな、ある人曰く仕事が少ないから来ているのじゃないか、と話していました。初日に出かけました。11時ごろ着きましたがその印象が大きい様でした。統計結果から初日は37.918名(34.755)3日間合計で131.355名(118.806)の入場者。( )内は前年度。多くの方に来ていただきました。広野工場からも何名か来てもらいました。今まで以上に反応は大きかったようです。今後の受注に期待しましょう。

 5月の連休明けにパートタイマーの募集をしました。このときは殆ど反応がなく面接者は1人だけで、採用に至りませんでした。ハローワークにも募集をかけていますが思うように集まりません。そこでチラシの発行会社を変えて出してみました。その時は少し反応が上がり採用に至りました。今回の面接者に聞いてみると。前回のチラシも見ていたり、ハローワークの募集も知っていたりしているケースがあり、今回の面接になりました。その時のタイミングの微妙な綾があるのを感じました。前回だったら希望が合うのに今回だと合わない。思い立ったら行動するのがやはり良いようです。そんな風に感じました。流されずに決断する勇気がその人の人生にも大いに影響されるのでしょう。

 四倉の貸家の近くに中古住宅の売家が出ていたので、仲介の不動産屋に電話して6月9日の夕方に見せてもらう事になっていました。その日は広野工場の出勤日なので終わってから見せてもらう段取りだったのですが。昼過ぎに電話があり、午前中に見た客が是非欲しいとその場で決めてしまい、断りの電話がありました。冷やかしのつもりでしたが惜しい気持ちもしてきました。ちなみに提示価格は850万円、敷地は約60坪位らしく5LDKとの事でした。残念!! 後で社員に聞いたら安くないと言っていましたが、どうなんでしょう。私から見たらやはり手ごろな値段だと思います。

 6月20日で3年目に入ります。予定では2年間でしたが。あと1年いる事にしました。
7月からは40期に入ります。今後のやり方は様子を見ながら引き継いで行き、居なくても流れるようにしていきます。仕組みと決め事だけはきっちりとしておきたいと考えております。

◆ 2007年6月  人間クラブミーティング

  連休はいかがお過ごしでしたでしょうか。先月案内しましたが、連休の前半パシフィコ横浜で船井幸雄が主催する、人間クラブミーティングに参加しました。4月28(土曜日)29日(日曜日)の2日間、妻を連れて行ってきました。今回は渡邉美樹(ワタミグループの総帥)の『夢に“日付”を』と作家中谷彰宏の「『あなたはもっと変われる』仕事と人生の成功術」が聞けるのが楽しみでした。そしてパネルディスカッション『新しい時代の生き方』に参加している鰍リリエ代表取締役和田浩美の話と顔が生で見たかったのです。

 高杉良の『青年社長』上下巻を読んでから、渡邉美樹は大いに気になっておりました。
その頃は東証の二部上場でした。今では一部上場、連結で1兆円を目指しています。近頃は内閣官房『教育再生会議』の有識者メンバーになって活躍しております。NPO法人『スクール・エイド・ジャパン』の理事長にもなり、カンボジアに学校を作る運動をしています。既にカンボジアに72校、ネパールに2校作り“幸せは分け合う”とこれからも夢を持ち続け、“日付”を入れて実現していく事でしょう。

 中谷彰宏は著書数770冊を超えてまだまだ書き続けています。人生の最大のテーマは「生まれ変わること」です。「生まれ変わること」が出来た人が、成長し、成功し、幸福になるのです、生まれからずに、最初から幸福になれる人はおりません。「生まれ変わること」は、難しい事ではありません、ほんのちょっと意識を変えるだけ、習慣を変えるだけで、劇的に「生まれ変わること」は可能なのです。と話していました。

 『世界NO2営業ウーマンの売れる営業に変わる本』数年前に読んで大いに感動しました。時々聞いたりしますが、先天的に相手の気持ちが理解できて、相手の立場になり、いつのまにか買いたくなったり、入りたくなる。太陽のような人、それが和田裕美なのでしょう。他に土井英司、道幸武久の鼎談でした。そして船井幸雄の講演もありました。『いま知らなければならない大事な本当のこと。』『これからこうなる。だからこのように対処しよう。』2日間を気楽に聞いてきました。
後半の連休の休みは近くに買い物に行っただけでした。

 5月10日は川崎異業種交流会の20周年記念式典へ行って来ました。広野工場へ来てからは、日程が合わないので参加できず。休会の規定がないため、一旦退会しました。以前、役員をしておりましたので、案内が来たようです。今回講演はなく、夢作り塾セミナー参加者のうち10名の“『次世代の企業の夢プラン』世代を超えて未来へ”の発表でした。参加10名を見ると8割は2代目の子息子女でした。彼らの1代目は皆さん存じています。羨ましく見ておりました。第三部は記念パーティー“ヒルタナユミと魅惑の東京サロン略して昼サロとスピッリット”の豪華競演。17日はJPCA創立45周年、法人設立30周年の記念式典と祝賀会に参加してきました。当社は来年で40周年を迎えますが。長くやっている事で『経営改善事業功労賞』の表彰を戴きました。

 第37回国際電子回路産業展JPCA2007が開催されます。例年は6月の第一水木金の3日間だったと思いましたが、今回は5月の後半から6月の1日までです。ふるってご参加下さい。といってもこれが見られる頃は、既に終了しているはずです。

◆ 2007年5月  目に青葉山ホトトギス初鰹

 桜の花を見に行きましたか。今年は横浜での休日に、つきみ野の桜並木を、妻と散策しました。広野では通りすがりに見るだけで、終わってしまいました。竣工時に広野工場にも、桜の木を植えましたが、まだまだ小さく元気な花が咲きません。種類が違うのでしょうか。

 斡旋業者の協同組合から、ベトナム研修生の日本語の進捗状況が入ってきました。あれから4ヶ月目になります。研修状況の報告を貰いました。当社は7月が新年度になっており、彼女らの配置も計画の中に既に入っております。期待と不安が混ざっておりますが、巷でもれ聞こえてくるベトナム関連の話では期待のほうが勝っています。少し前の新聞にベトナムでの交通事故の話が載っていました。交通事故による死亡が多く年間1万2千人くらい、日本ではその半分くらい。市内ではヘルメットも被らず2人.3人乗りが普通なので、事故の危険度は増しています。前にも書きましたが向こう側に行くのに気を引き締めてから足元を気にして掛からないと。正直危険を感じます。交通道徳が薄いようです。警察官は先ず賄賂、だそうだから解決も難しいのではないでしょうか。行くところまで行かないと、改善する見込みはなさそうです。日本では交通事故は減っていますが、自殺は減りそうもありません。知らない者同士、車の中で練炭を炊いて自殺する。そんな人達の気が知れません。それも男と女が。ほかにする事があるでしょうに。その観点から見ると日本も住みやすいとはいえないのかも知れません。

 今年の連休はどこにも行く予定はありません。250Kのドライブや、3時間ほどのJRの電車での旅行は月に何回かはしていますが。

 4月の28日と29日はみなとみらいのパシフィコ横浜で人間クラブミーチィングへ参加しました。詳しくは次回に回します。気分を一新して下さい。

◆ 2007年4月  インフルエンザ A型

 他人事に見ておりましたが、3月に入って張本人に成ってしまいました。のどがイガイガするな、と思っていたが、次の日になって夕方からは熱が出て、寒気がした。食欲も無く玉子酒を飲んで早く寝た。次の日、少しは良くなったかと淡い期待を持ったが、むしろ悪くなったような感じだ。本社から移動して四倉の家に帰ったりもしました。次の日、広野の根本医院に診察に行ってきました。気さくな根本先生は手を上げて『今日はどうしたの』と聞いてくれました。その前に看護士さんが鼻水を麺棒で採取して検査済みだったのですが。直ぐに本題に入り,『インフルエンザ A型だよ』といってプラスチック製の試験片を見せて説明してくれました。そして問題のタミフルに関する説明用紙をコピーして、『タミフルは問題があると思われるので、ここでは薬は出さないよ』と仰せになった。『無理してはだめだよ、とにかく安静にしていなさい』。血圧を測って『問題ない』。家に帰って酒を飲んで安静にして寝た。良く寝た。午後の8時前には床に入って朝方便所に行くのに目が覚めた。そしてまた寝た。その週は9時過ぎに会社に出て早めに帰った。食欲は無く、流動食のようなヨーグルトとかバナナを食べたりした。こんな生活を続けていたら、2Kほど体重が減って56K台になっていた。そんな折、3月22日の朝日新聞の社説『タミフル―付き合い方を考えよう』が載りました。インフルエンザ治療薬『タミフル』は原則として10代の患者には使わない。厚生労働省は、異例の深夜の記者会見でこんな方針を発表した。       中略

世界のタミフル使用量の7〜8割は日本で消費されている。仕事をなかなか休めない。子供の熱を早く下げたい。そんな事情もあって、日本を世界に冠たるタミフル依存国にしている。薬に副作用はつきものだ。病気のときくらいはゆっくり体を休めてはどうだろうか。と結んでいます。

いまさらながら、広野町の根本先生は慧眼に値する見識を持った立派な方だと思われます。厚生労働省の役人はしがらみにとらわれず、正しい判断をしなければなりません。製薬会社の立場を過剰に思いやり、タミフルと一連の行動に科学的な因果関係が認められない、と言う理由で容認していましたが、やっと判断をしました。はっきり解ってからではでは手遅れになってしまう。私自身は50代後半の青年ですがタミフルを飲まなくても、今日に至っています。体が弱っている時は、薬を貰わないと少々不安に絡ますが、毅然とした言い様には従わざるを得ませんでした。

今月は四倉漁港からの日の出を送ります。5時には明るくなり5時半頃には雲の中から荘厳な感じで日差しが出て来ます。日に日に明るくなるのが早くなり楽しみです。

関東では4月3日に降った雨で無残にも殆どの桜は散ってしまいました。広野ではこれからです。工場では21日にお花見をすることになっています。

◆ 2007年3月  冬の盛岡

 昨年に比べて暖かかった、冬の季節も終わろうとしています。今年も同じようにスタッドレスに換えたタイヤは、雪の積もらなかった道路では役割を充分に生かせないままその役目を終わろうとしています。もう直ぐに次の季節が始まろうとしているのに・・・。一部の人たちが心配しているような方向へ人類は向かうのでしょうか。今年の夏はどんな感じになるのだろうかがとても心配になります。

 今日の朝(3月2日)の事です。今回は電車で広野工場から着ましたので、自宅からも電車でした。武蔵小杉の駅を降りたところで、前から来る人の中にマフラーを落とすのが見えました。通勤中の人たちの表情は普通、厳しい顔をしています。なかには怒っているのかと思えるような表情の人も見られます。御多分にもれずその人も厳しい顔をしていました。『マフラーが落ちましたよ』カバンの上を見て、置いたはずのマフラーがないのを確認すると、途端に表情が崩れ“破顔一笑”の顔になりました。そして『どうもすいません』、にこっと笑ってお礼を言われました。それを拾い直ぐにもとの顔になり、何事もなかったように去っていきました。そのギャップになんとも言えず安堵しました。

 もう40年になります。笑楽智(わらじ)のメンバーが集まって年に2回ほど懇親の会を開いています。現役は働いているのは2人。共に社長でした。2人は再就職又は子会社へ出向。残りの2人が悠々自適という6人のメンバーです。話をすると余り変わっていないのに驚かされます。20代の頃と内容は違いますが、話し方はおんなじです。毎回熱心に催しを考え、メンバーに連絡し場所を調べ予約する。そうゆうことをいやがらず熱心にやる人がいたのでここまで続いていたのでしょう。こちらは都合のいいときだけ会費を払って参加すればいいだけなので助かっています。今回は岩手県の盛岡市にある奥座敷、つなぎ温泉に行ってきました。ところどころに雪が残っており、10日ほど前に降った雪の名残です。寒さのために道路以外は融けずにあり、その時も朝は刺すように感じられました。冬の東北ふるさとのやま、岩手山も雪化粧に覆われています。目の前が御所湖と言うダム湖ですが一部凍っていました。広野に比べれば大分寒さが違っています。近くに鶯宿温泉がありそこと相互に温泉に入れるので行って来ました。その日は日曜日でしたが、結構人はおりました。やはり元気な中高年の女性が多かった様に見えました。翌日はボランティアガイドと盛岡市内の散策をして、昼食は名物の“わんこそば”に挑戦しました。普通は50から60杯は食べると店員の説明。値段が2600円と3100円。違いは食べた椀を残す方が高く、安い方は椀に入れると持って帰り、マッチ棒で椀の数を数える違いです。我々は安い方を選びマッチ棒で数えました。65杯ほどたべました。15杯で掛けそば1杯の計算ですから、掛けそば4杯以上食べた事になります。もちろんその日の夕食は軽くしました。

 いわきでは有名な日の出のメッカ波立(はったち)海岸の日の出を写しました。今年になって広野町、楢葉町、いわき市とシリーズのようになってしまいました。来月も続けようか迷うところです。6時過ぎには明るくなってきますので、朝起きるのが楽しくなります。暗いよりも明るい方が目覚めたときに気持ちがうきうきして楽しくなります。今年も花粉症の予防注射をしましたので、快適に過ごしています。

◆ 2007年2月  ベトナム紀行

 昨年にうって変わり暖冬になっております。暖かいのは過ごし易くて良いのですが、寒いときは寒いように、暑いときはやはり暑い方が世の中はよいようです。冬物商品の売れ行きが悪く困っているところがあちこちで出ているようです。そしたら、セブン&アイの鈴木敏文会長がある雑誌に、今年は暖冬だと言われているのだから,何時までも冬物ではなく春物が売れるだろうと仮説を立てなくちゃいけない。このように書いていました。季節や天候に左右される商いは大変だと思います。

 1月の第1土曜日は毎年経営計画達成会議を行います。今年は広野町の公民館を借りました。今回は当社の従業員だけで経営計画達成会議を行いました。

 25日から28日までベトナムはハノイ市へ行ってきました。思っていたより暑くはなく、地元の人は寧ろ寒がっていました。気温は18度くらいでした。冬は曇天が多くその時もほとんどが曇っていました。成田からは行きで6時間ほど、帰りは4時間半ほどでした。ベトナムと日本航空の共同運航便でしたが8割がた日本人のようでした。どこに行っても日本人が多いのには驚かされます、自分を含めて。今回の目的は研修生の面接会に出席するためです。約2年程前に最初の話がありそれから現在に至っております。長い目で見て広野工場でも人員の確保を安定的にしていかなければなりません。この近辺でも少子化の影響で募集をかけても応募が少なくなっております。6人の研修生希望者から面接で2人と補欠者1名を選考しました。彼女たちはこれから13週間の日本語の勉強をして日本に来ます。それから組合で1ヶ月間の日本の習慣を学ぶそうです。早くても7月になるようです。期待が大きいのか、不安が大きいのか聞いてみました。3人共気丈に答えていました。家族の生活が彼女らの双肩に掛かっているようです。最終的に1人は行けなくなるのに気の毒な気がします。

 ベトナムについての資料を入手しましたのでいくつかを披露いたします。2003年でのベトナムの人口は8131万人、ASEANではインドネシアについで第2位世界で見ても13位の人口大国です。30歳未満の人口が6割を占める若い国です。日本はその反対を行っていますね。ベトナムの中心年齢は25歳で日本と比べると17歳以上も若く、中国よりもまだ7歳も若い、これからの前途洋々の国を目指しています。

 “4Kの国民性” ベトナム人の国民性は4つのKで示される。器用、向学心旺盛、近視眼、そしてカカア天下です。縫製品や着物の手縫いなどで不良品率が極めて低いし記憶力も優れているそうです。向学心は儒教の影響で教育熱心です。今回広野工場と同じ適性テストをしましたがほとんど研修希望者の方がレベルは上でした。ベトナム人の金銭感覚は明日の100万円より今日の100円です。約30年間にわたり戦争を続けた影響でが大きいと思われます。ベトナム社会を理解する上で大切なキーワードがカカア天下です、相次ぐ戦争で男手を戦場に取られ、女性が銃後を守った歴史の賜物でしょう。ベトナム女性は強く男性はこぞって恐妻家です。

 ハノイ市とその周辺、世界遺産のハロン湾への往復しか見てきませんでしたが、とにかくクラクションを鳴らしてうるさくて仕方が無い、これは発展途上国共通の習性のようです。インフラが整備されていないので信号機が少ない、交通規則は守らない。車1台に単車が30台くらいの比率での交通事情なので、単車に3人乗っていたり、4人乗っているのも見ました。この場合は子供が2人になります。ヘルメットも被らず危なっかしい。ガイドさんに聞いたら人命の方が単車より安いそうです。ちなみに人命は20万で、単車は24万だそうです。かといって人命を軽視しているようには見えません。それぞれが、相手が注意してくれる前提で行動しています。車や単車が来ても平気で横断します。それでもあまり事故は無いようですし、あっても単車を起こして何事も無くそれぞれが走っていくそうです。1回だけ現場を見ましたがそのとおりでした。

研修生が来ると来期からの楽しみが増えます。

◆ 2007年1月  謹賀新年

 新年明けましておめでとうございます。6回目の猪の干支を迎えることが出来ました。還暦を迎える事になります。以前某会社の協力会で新年会の席で該当者が出たときに、お祝いをしていた事を思い出しました。赤の大黒様がかぶっている様な帽子と、赤のちゃんちゃんこを着て記念撮影をしていました。最近はあまり見かけないけれど、同じような事をしているのでしょうか。感慨深いものがあります。その時はそれなりの年齢に見えましたが、自分の番になってみると、そんな気はいたしません。今のところ定年も縁はないし、59歳の続きにしか過ぎません。

 メールの普及で年賀状を出す人が減っているようです。個人的な年賀状は家族5人で写したものをおくっています。途中で止めようかなと思ったこともありましたが、これは我が家の記録になると続けて来ました。何年か前に朝日新聞の全面広告に、確か三越の写真館で、家族の写真を毎年同じ日に写した記念写真が載せていました。それを見てから、いまさらという思いを断ち切って、記録として写しています。妻は嫌がっていますが、子供たちは諦めています。家族5人が揃って写る機会がその内無くなるだろうし、一同が揃って撮るのも一苦労になります。家族揃って旅行をしている時、何枚かは記念撮影をしますのでその内の1枚を年賀状にすればよかったのですが、このところ旅行もここ何年か止めています。子供が小さかった頃は、1年半毎に北は北海道から南は沖縄の石垣島まで行ってきました。これは若い夫婦の人達にはお勧めです。夏は北海道と東北、冬は四国と九州とか違う季節をあじわえます。遡ってできませんし。子供が大きくなると夫婦の意向だけで行動できませんから。7回に渡り11年かけた事になります。その内の1回は亡くなった母も同行しました。その時は北海道へは車だったのですが子供が小さかったので乗用車でも乗れました。とても貴重な記念になりました。

 2日は毎年初詣に行っております。今年は赤坂の日枝神社に行ってきました。昨年で閉館したキャピタル東急ホテルのすぐ側、国会議事堂にも近い場所にありました。地図で見ると皇居も近かったので一般参賀にも行ってきました。皇居(江戸城)の中に入るのは初めてなのでいい機会でした。昔は天皇に日の丸の旗を振るなんてことは考えられない事だと思っていましたが、今では受け入れる事が出来るようになっていました。7回にわたり宮殿から参賀者にお言葉を賜るようです。その5回目、午後2時半からに立ち会いました。ほんの5分くらいの時間でした。新聞によると8万人あまりで思ったより少ない印象です。紀子様にお会いしたかったのですが、遅くなると皇族の参賀も少なくなっていくようです。
そのときは4人の皇族、天皇陛下、皇后陛下、皇太子、秋篠宮でした。

 都心の地下鉄は便利でどれに乗っていいのか迷ってしまいます。それと分る外国人が多いのに驚かされました。

 2007年も明けて今年の景気が気になります。昨年の文章を読むと世の中は浮かれていて株価は2万円を超える報道が多かったのですが。そこには行きませんでした。今回はやはり2万円を越える論調のようです。世の中はともかく当社は着実に生成発展できるように勉強して行きたいと思います。

本年も宜しくお願いします。

感謝!!  合掌!!

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