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連休はいかがお過ごしでしたでしょうか。先月案内しましたが、連休の前半パシフィコ横浜で船井幸雄が主催する、人間クラブミーティングに参加しました。4月28(土曜日)29日(日曜日)の2日間、妻を連れて行ってきました。今回は渡邉美樹(ワタミグループの総帥)の『夢に“日付”を』と作家中谷彰宏の「『あなたはもっと変われる』仕事と人生の成功術」が聞けるのが楽しみでした。そしてパネルディスカッション『新しい時代の生き方』に参加している鰍リリエ代表取締役和田浩美の話と顔が生で見たかったのです。
高杉良の『青年社長』上下巻を読んでから、渡邉美樹は大いに気になっておりました。
その頃は東証の二部上場でした。今では一部上場、連結で1兆円を目指しています。近頃は内閣官房『教育再生会議』の有識者メンバーになって活躍しております。NPO法人『スクール・エイド・ジャパン』の理事長にもなり、カンボジアに学校を作る運動をしています。既にカンボジアに72校、ネパールに2校作り“幸せは分け合う”とこれからも夢を持ち続け、“日付”を入れて実現していく事でしょう。
中谷彰宏は著書数770冊を超えてまだまだ書き続けています。人生の最大のテーマは「生まれ変わること」です。「生まれ変わること」が出来た人が、成長し、成功し、幸福になるのです、生まれからずに、最初から幸福になれる人はおりません。「生まれ変わること」は、難しい事ではありません、ほんのちょっと意識を変えるだけ、習慣を変えるだけで、劇的に「生まれ変わること」は可能なのです。と話していました。
『世界NO2営業ウーマンの売れる営業に変わる本』数年前に読んで大いに感動しました。時々聞いたりしますが、先天的に相手の気持ちが理解できて、相手の立場になり、いつのまにか買いたくなったり、入りたくなる。太陽のような人、それが和田裕美なのでしょう。他に土井英司、道幸武久の鼎談でした。そして船井幸雄の講演もありました。『いま知らなければならない大事な本当のこと。』『これからこうなる。だからこのように対処しよう。』2日間を気楽に聞いてきました。
後半の連休の休みは近くに買い物に行っただけでした。
5月10日は川崎異業種交流会の20周年記念式典へ行って来ました。広野工場へ来てからは、日程が合わないので参加できず。休会の規定がないため、一旦退会しました。以前、役員をしておりましたので、案内が来たようです。今回講演はなく、夢作り塾セミナー参加者のうち10名の“『次世代の企業の夢プラン』世代を超えて未来へ”の発表でした。参加10名を見ると8割は2代目の子息子女でした。彼らの1代目は皆さん存じています。羨ましく見ておりました。第三部は記念パーティー“ヒルタナユミと魅惑の東京サロン略して昼サロとスピッリット”の豪華競演。17日はJPCA創立45周年、法人設立30周年の記念式典と祝賀会に参加してきました。当社は来年で40周年を迎えますが。長くやっている事で『経営改善事業功労賞』の表彰を戴きました。
第37回国際電子回路産業展JPCA2007が開催されます。例年は6月の第一水木金の3日間だったと思いましたが、今回は5月の後半から6月の1日までです。ふるってご参加下さい。といってもこれが見られる頃は、既に終了しているはずです。
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桜の花を見に行きましたか。今年は横浜での休日に、つきみ野の桜並木を、妻と散策しました。広野では通りすがりに見るだけで、終わってしまいました。竣工時に広野工場にも、桜の木を植えましたが、まだまだ小さく元気な花が咲きません。種類が違うのでしょうか。
斡旋業者の協同組合から、ベトナム研修生の日本語の進捗状況が入ってきました。あれから4ヶ月目になります。研修状況の報告を貰いました。当社は7月が新年度になっており、彼女らの配置も計画の中に既に入っております。期待と不安が混ざっておりますが、巷でもれ聞こえてくるベトナム関連の話では期待のほうが勝っています。少し前の新聞にベトナムでの交通事故の話が載っていました。交通事故による死亡が多く年間1万2千人くらい、日本ではその半分くらい。市内ではヘルメットも被らず2人.3人乗りが普通なので、事故の危険度は増しています。前にも書きましたが向こう側に行くのに気を引き締めてから足元を気にして掛からないと。正直危険を感じます。交通道徳が薄いようです。警察官は先ず賄賂、だそうだから解決も難しいのではないでしょうか。行くところまで行かないと、改善する見込みはなさそうです。日本では交通事故は減っていますが、自殺は減りそうもありません。知らない者同士、車の中で練炭を炊いて自殺する。そんな人達の気が知れません。それも男と女が。ほかにする事があるでしょうに。その観点から見ると日本も住みやすいとはいえないのかも知れません。
今年の連休はどこにも行く予定はありません。250Kのドライブや、3時間ほどのJRの電車での旅行は月に何回かはしていますが。
4月の28日と29日はみなとみらいのパシフィコ横浜で人間クラブミーチィングへ参加しました。詳しくは次回に回します。気分を一新して下さい。
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他人事に見ておりましたが、3月に入って張本人に成ってしまいました。のどがイガイガするな、と思っていたが、次の日になって夕方からは熱が出て、寒気がした。食欲も無く玉子酒を飲んで早く寝た。次の日、少しは良くなったかと淡い期待を持ったが、むしろ悪くなったような感じだ。本社から移動して四倉の家に帰ったりもしました。次の日、広野の根本医院に診察に行ってきました。気さくな根本先生は手を上げて『今日はどうしたの』と聞いてくれました。その前に看護士さんが鼻水を麺棒で採取して検査済みだったのですが。直ぐに本題に入り,『インフルエンザ A型だよ』といってプラスチック製の試験片を見せて説明してくれました。そして問題のタミフルに関する説明用紙をコピーして、『タミフルは問題があると思われるので、ここでは薬は出さないよ』と仰せになった。『無理してはだめだよ、とにかく安静にしていなさい』。血圧を測って『問題ない』。家に帰って酒を飲んで安静にして寝た。良く寝た。午後の8時前には床に入って朝方便所に行くのに目が覚めた。そしてまた寝た。その週は9時過ぎに会社に出て早めに帰った。食欲は無く、流動食のようなヨーグルトとかバナナを食べたりした。こんな生活を続けていたら、2Kほど体重が減って56K台になっていた。そんな折、3月22日の朝日新聞の社説『タミフル―付き合い方を考えよう』が載りました。インフルエンザ治療薬『タミフル』は原則として10代の患者には使わない。厚生労働省は、異例の深夜の記者会見でこんな方針を発表した。 中略
世界のタミフル使用量の7〜8割は日本で消費されている。仕事をなかなか休めない。子供の熱を早く下げたい。そんな事情もあって、日本を世界に冠たるタミフル依存国にしている。薬に副作用はつきものだ。病気のときくらいはゆっくり体を休めてはどうだろうか。と結んでいます。
いまさらながら、広野町の根本先生は慧眼に値する見識を持った立派な方だと思われます。厚生労働省の役人はしがらみにとらわれず、正しい判断をしなければなりません。製薬会社の立場を過剰に思いやり、タミフルと一連の行動に科学的な因果関係が認められない、と言う理由で容認していましたが、やっと判断をしました。はっきり解ってからではでは手遅れになってしまう。私自身は50代後半の青年ですがタミフルを飲まなくても、今日に至っています。体が弱っている時は、薬を貰わないと少々不安に絡ますが、毅然とした言い様には従わざるを得ませんでした。
今月は四倉漁港からの日の出を送ります。5時には明るくなり5時半頃には雲の中から荘厳な感じで日差しが出て来ます。日に日に明るくなるのが早くなり楽しみです。
関東では4月3日に降った雨で無残にも殆どの桜は散ってしまいました。広野ではこれからです。工場では21日にお花見をすることになっています。
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昨年に比べて暖かかった、冬の季節も終わろうとしています。今年も同じようにスタッドレスに換えたタイヤは、雪の積もらなかった道路では役割を充分に生かせないままその役目を終わろうとしています。もう直ぐに次の季節が始まろうとしているのに・・・。一部の人たちが心配しているような方向へ人類は向かうのでしょうか。今年の夏はどんな感じになるのだろうかがとても心配になります。
今日の朝(3月2日)の事です。今回は電車で広野工場から着ましたので、自宅からも電車でした。武蔵小杉の駅を降りたところで、前から来る人の中にマフラーを落とすのが見えました。通勤中の人たちの表情は普通、厳しい顔をしています。なかには怒っているのかと思えるような表情の人も見られます。御多分にもれずその人も厳しい顔をしていました。『マフラーが落ちましたよ』カバンの上を見て、置いたはずのマフラーがないのを確認すると、途端に表情が崩れ“破顔一笑”の顔になりました。そして『どうもすいません』、にこっと笑ってお礼を言われました。それを拾い直ぐにもとの顔になり、何事もなかったように去っていきました。そのギャップになんとも言えず安堵しました。
もう40年になります。笑楽智(わらじ)のメンバーが集まって年に2回ほど懇親の会を開いています。現役は働いているのは2人。共に社長でした。2人は再就職又は子会社へ出向。残りの2人が悠々自適という6人のメンバーです。話をすると余り変わっていないのに驚かされます。20代の頃と内容は違いますが、話し方はおんなじです。毎回熱心に催しを考え、メンバーに連絡し場所を調べ予約する。そうゆうことをいやがらず熱心にやる人がいたのでここまで続いていたのでしょう。こちらは都合のいいときだけ会費を払って参加すればいいだけなので助かっています。今回は岩手県の盛岡市にある奥座敷、つなぎ温泉に行ってきました。ところどころに雪が残っており、10日ほど前に降った雪の名残です。寒さのために道路以外は融けずにあり、その時も朝は刺すように感じられました。冬の東北ふるさとのやま、岩手山も雪化粧に覆われています。目の前が御所湖と言うダム湖ですが一部凍っていました。広野に比べれば大分寒さが違っています。近くに鶯宿温泉がありそこと相互に温泉に入れるので行って来ました。その日は日曜日でしたが、結構人はおりました。やはり元気な中高年の女性が多かった様に見えました。翌日はボランティアガイドと盛岡市内の散策をして、昼食は名物の“わんこそば”に挑戦しました。普通は50から60杯は食べると店員の説明。値段が2600円と3100円。違いは食べた椀を残す方が高く、安い方は椀に入れると持って帰り、マッチ棒で椀の数を数える違いです。我々は安い方を選びマッチ棒で数えました。65杯ほどたべました。15杯で掛けそば1杯の計算ですから、掛けそば4杯以上食べた事になります。もちろんその日の夕食は軽くしました。
いわきでは有名な日の出のメッカ波立(はったち)海岸の日の出を写しました。今年になって広野町、楢葉町、いわき市とシリーズのようになってしまいました。来月も続けようか迷うところです。6時過ぎには明るくなってきますので、朝起きるのが楽しくなります。暗いよりも明るい方が目覚めたときに気持ちがうきうきして楽しくなります。今年も花粉症の予防注射をしましたので、快適に過ごしています。
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昨年にうって変わり暖冬になっております。暖かいのは過ごし易くて良いのですが、寒いときは寒いように、暑いときはやはり暑い方が世の中はよいようです。冬物商品の売れ行きが悪く困っているところがあちこちで出ているようです。そしたら、セブン&アイの鈴木敏文会長がある雑誌に、今年は暖冬だと言われているのだから,何時までも冬物ではなく春物が売れるだろうと仮説を立てなくちゃいけない。このように書いていました。季節や天候に左右される商いは大変だと思います。
1月の第1土曜日は毎年経営計画達成会議を行います。今年は広野町の公民館を借りました。今回は当社の従業員だけで経営計画達成会議を行いました。
25日から28日までベトナムはハノイ市へ行ってきました。思っていたより暑くはなく、地元の人は寧ろ寒がっていました。気温は18度くらいでした。冬は曇天が多くその時もほとんどが曇っていました。成田からは行きで6時間ほど、帰りは4時間半ほどでした。ベトナムと日本航空の共同運航便でしたが8割がた日本人のようでした。どこに行っても日本人が多いのには驚かされます、自分を含めて。今回の目的は研修生の面接会に出席するためです。約2年程前に最初の話がありそれから現在に至っております。長い目で見て広野工場でも人員の確保を安定的にしていかなければなりません。この近辺でも少子化の影響で募集をかけても応募が少なくなっております。6人の研修生希望者から面接で2人と補欠者1名を選考しました。彼女たちはこれから13週間の日本語の勉強をして日本に来ます。それから組合で1ヶ月間の日本の習慣を学ぶそうです。早くても7月になるようです。期待が大きいのか、不安が大きいのか聞いてみました。3人共気丈に答えていました。家族の生活が彼女らの双肩に掛かっているようです。最終的に1人は行けなくなるのに気の毒な気がします。
ベトナムについての資料を入手しましたのでいくつかを披露いたします。2003年でのベトナムの人口は8131万人、ASEANではインドネシアについで第2位世界で見ても13位の人口大国です。30歳未満の人口が6割を占める若い国です。日本はその反対を行っていますね。ベトナムの中心年齢は25歳で日本と比べると17歳以上も若く、中国よりもまだ7歳も若い、これからの前途洋々の国を目指しています。
“4Kの国民性” ベトナム人の国民性は4つのKで示される。器用、向学心旺盛、近視眼、そしてカカア天下です。縫製品や着物の手縫いなどで不良品率が極めて低いし記憶力も優れているそうです。向学心は儒教の影響で教育熱心です。今回広野工場と同じ適性テストをしましたがほとんど研修希望者の方がレベルは上でした。ベトナム人の金銭感覚は明日の100万円より今日の100円です。約30年間にわたり戦争を続けた影響でが大きいと思われます。ベトナム社会を理解する上で大切なキーワードがカカア天下です、相次ぐ戦争で男手を戦場に取られ、女性が銃後を守った歴史の賜物でしょう。ベトナム女性は強く男性はこぞって恐妻家です。
ハノイ市とその周辺、世界遺産のハロン湾への往復しか見てきませんでしたが、とにかくクラクションを鳴らしてうるさくて仕方が無い、これは発展途上国共通の習性のようです。インフラが整備されていないので信号機が少ない、交通規則は守らない。車1台に単車が30台くらいの比率での交通事情なので、単車に3人乗っていたり、4人乗っているのも見ました。この場合は子供が2人になります。ヘルメットも被らず危なっかしい。ガイドさんに聞いたら人命の方が単車より安いそうです。ちなみに人命は20万で、単車は24万だそうです。かといって人命を軽視しているようには見えません。それぞれが、相手が注意してくれる前提で行動しています。車や単車が来ても平気で横断します。それでもあまり事故は無いようですし、あっても単車を起こして何事も無くそれぞれが走っていくそうです。1回だけ現場を見ましたがそのとおりでした。
研修生が来ると来期からの楽しみが増えます。
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新年明けましておめでとうございます。6回目の猪の干支を迎えることが出来ました。還暦を迎える事になります。以前某会社の協力会で新年会の席で該当者が出たときに、お祝いをしていた事を思い出しました。赤の大黒様がかぶっている様な帽子と、赤のちゃんちゃんこを着て記念撮影をしていました。最近はあまり見かけないけれど、同じような事をしているのでしょうか。感慨深いものがあります。その時はそれなりの年齢に見えましたが、自分の番になってみると、そんな気はいたしません。今のところ定年も縁はないし、59歳の続きにしか過ぎません。
メールの普及で年賀状を出す人が減っているようです。個人的な年賀状は家族5人で写したものをおくっています。途中で止めようかなと思ったこともありましたが、これは我が家の記録になると続けて来ました。何年か前に朝日新聞の全面広告に、確か三越の写真館で、家族の写真を毎年同じ日に写した記念写真が載せていました。それを見てから、いまさらという思いを断ち切って、記録として写しています。妻は嫌がっていますが、子供たちは諦めています。家族5人が揃って写る機会がその内無くなるだろうし、一同が揃って撮るのも一苦労になります。家族揃って旅行をしている時、何枚かは記念撮影をしますのでその内の1枚を年賀状にすればよかったのですが、このところ旅行もここ何年か止めています。子供が小さかった頃は、1年半毎に北は北海道から南は沖縄の石垣島まで行ってきました。これは若い夫婦の人達にはお勧めです。夏は北海道と東北、冬は四国と九州とか違う季節をあじわえます。遡ってできませんし。子供が大きくなると夫婦の意向だけで行動できませんから。7回に渡り11年かけた事になります。その内の1回は亡くなった母も同行しました。その時は北海道へは車だったのですが子供が小さかったので乗用車でも乗れました。とても貴重な記念になりました。
2日は毎年初詣に行っております。今年は赤坂の日枝神社に行ってきました。昨年で閉館したキャピタル東急ホテルのすぐ側、国会議事堂にも近い場所にありました。地図で見ると皇居も近かったので一般参賀にも行ってきました。皇居(江戸城)の中に入るのは初めてなのでいい機会でした。昔は天皇に日の丸の旗を振るなんてことは考えられない事だと思っていましたが、今では受け入れる事が出来るようになっていました。7回にわたり宮殿から参賀者にお言葉を賜るようです。その5回目、午後2時半からに立ち会いました。ほんの5分くらいの時間でした。新聞によると8万人あまりで思ったより少ない印象です。紀子様にお会いしたかったのですが、遅くなると皇族の参賀も少なくなっていくようです。
そのときは4人の皇族、天皇陛下、皇后陛下、皇太子、秋篠宮でした。
都心の地下鉄は便利でどれに乗っていいのか迷ってしまいます。それと分る外国人が多いのに驚かされました。
2007年も明けて今年の景気が気になります。昨年の文章を読むと世の中は浮かれていて株価は2万円を超える報道が多かったのですが。そこには行きませんでした。今回はやはり2万円を越える論調のようです。世の中はともかく当社は着実に生成発展できるように勉強して行きたいと思います。
本年も宜しくお願いします。
感謝!! 合掌!!
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